松本人志のお笑い全盛期はいつ?髪型・時代別に「ごっつ」「一人ごっつ」「すべらない話」まで整理

お笑い芸人

松本人志さんの「お笑いとしての全盛期」を一つの年代だけで決めるのは難しく、何を評価するかで答えが変わります。コントの創造性なら1990年代前半〜後半、尖った発想や大喜利なら1990年代後半、トークや企画者としての完成度なら2000年代以降を挙げる人もいます。

ただし、リアルタイム世代やお笑いファンの評価を大きくまとめると、最も「松本人志のお笑い全盛期」と呼ばれやすいのは、オールバックだった1990年代前半から、坊主になった1990年代末あたりです。特に『ダウンタウンのごっつええ感じ』が放送されていた1991年〜1997年は、松本さんがテレビコントの中心人物として強烈な影響力を持っていた時期でした。放送ライブラリーによると、『ごっつええ感じ』のレギュラー放送は1991年12月8日から1997年11月2日までです。[参照]

一方、質問にある「黒坊主」「テカテカ坊主」「和柄」「筋トレ後」「金髪」などは、かなり長い期間を細かく分けた呼び方です。そこで、髪型と代表番組を対応させながら、それぞれのお笑い的な位置付けを時系列で整理します。

  1. 結論からいうと全盛期の本命は1991年〜1998年ごろ
  2. オールバック期:1989年〜1997年ごろはダウンタウン黄金時代
  3. 1991〜1995年ごろは「勢い」と「発明」のピーク
  4. 1994〜1995年は人気・影響力も頂点級
  5. オールバック後期:1996〜1997年は笑いがさらに実験的になる
  6. 1997年の『ごっつ』終了は一つの大きな区切り
  7. 黒坊主で痩せている時期:1998〜2001年ごろ
  8. 1998〜1999年はコント作家としての別のピーク
  9. 「黒坊主で痩せてる時」を全盛期と考える人もかなり多い
  10. ギトギト・テカテカ坊主時代:2000年代前半〜中盤
  11. 2004年以降は「話芸を仕組みにする」時代
  12. 和柄の坊主時代:2000年代中盤〜後半のイメージ
  13. 2007年以降は映画監督としての活動も増える
  14. 鍛え出した黒坊主時代:2010年代前半
  15. 2010年代前半は「プレイヤー」から「審査・企画側」への移行期
  16. 金髪時代は2014年末から
  17. 金髪時代:2015年〜2023年は大御所・審査員としてのピーク
  18. 2016年以降は『ドキュメンタル』という新しい代表作も生まれた
  19. 2024年の地上波活動休止は「お笑い全盛期」とは別の話
  20. 質問にある6分類を時代に当てはめるとこうなる
  21. 抜けている時期として「大阪時代」もある
  22. もう一つ抜けているのが「一人ごっつ〜VISUALBUM期」
  23. コントだけなら「ごっつ」時代が圧倒的に有力
  24. フリートークなら1990年代後半〜2000年代前半を推す声も強い
  25. 大喜利なら『一人ごっつ』周辺がピーク候補
  26. 企画力なら2004年以降も全盛期が続いていると見ることができる
  27. 人気のピークとお笑い能力のピークは必ずしも同じではない
  28. リアタイ世代がよく言う「昔の松ちゃん」はどこを指す?
  29. 初めて見るなら年代順より作品順がおすすめ
  30. まとめ:最も全盛期と言われやすいのはオールバック後半〜細い黒坊主初期

結論からいうと全盛期の本命は1991年〜1998年ごろ

最も多くの人が「松本人志が一番尖っていた」「天才と呼ばれていた時期」として挙げやすいのは、1991年ごろから1998年ごろです。

この期間には『ダウンタウンのごっつええ感じ』『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』に加え、後半には『一人ごっつ』や『HITOSI MATUMOTO VISUALBUM』など、松本さん自身の笑いを強く反映した作品が集中しています。

髪型で言えば、「オールバック松本」から「坊主になった直後の細い松本」までが、最も全盛期と評されやすいゾーンです。

オールバック期:1989年〜1997年ごろはダウンタウン黄金時代

質問にある「オールバックみたいな髪型」は、おおむね1980年代末から1998年夏までの松本人志さんです。

東京進出後のダウンタウンは『夢で逢えたら』『ガキの使いやあらへんで!』『ごっつええ感じ』『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』などへ出演し、1990年代前半には若者文化そのものへ大きな影響を与える存在になりました。

特に『ごっつええ感じ』では、松本さん自身が構成にも参加し、多数のコントキャラクターを生み出しています。放送ライブラリーの第1回資料にも、構成として松本人志さんの名前が記録されています。[参照]

1991〜1995年ごろは「勢い」と「発明」のピーク

オールバック期の中でも特に1991〜1995年ごろは、松本人志さんのお笑いが最も爆発的だったと見る人が多い時期です。

『ごっつええ感じ』では、「アホアホマン」「キャシィ塚本」「ゴレンジャイ」「MR.BATER」など、後年まで語られるコントが次々生まれました。番組そのものも1991年12月から1997年11月まで続き、ダウンタウンを代表する作品になっています。[参照]

このころの松本さんは、「普通ならそこでボケない」という場所にボケを入れる独特の発想や、意味不明なのに成立する世界観をテレビのゴールデンタイムへ持ち込んでいました。後輩芸人への影響という意味でも非常に大きい時期です。

1994〜1995年は人気・影響力も頂点級

お笑いだけでなく社会的影響力まで含めると、1994〜1995年ごろも大きなピークです。

1994年に発売された著書『遺書』は大ベストセラーになりました。トーハンの1994年年間ベストセラーでは、単行本・ノンフィクション部門で『遺書』が1位になっています。[参照]

芸人が自分のお笑い論を本にして、それが一般層にまで広く読まれるという現象自体が、当時の松本人志さんの圧倒的な存在感を示しています。

オールバック後期:1996〜1997年は笑いがさらに実験的になる

1996年ごろになると、ダウンタウンとしてのテレビ人気に加えて、松本さん個人の「笑いの実験」が目立つようになります。

代表的なのが深夜番組『一人ごっつ』です。大喜利、写真で一言、発想系企画など、現在のIPPONグランプリへつながるような「答えそのものの面白さ」を前面に出した番組でした。

『ごっつええ感じ』の集団コントとは違い、「松本人志という一人の芸人の頭の中」を見るような内容だったため、純粋な発想力のピークとして1996〜1998年を推すファンも多くいます。

1997年の『ごっつ』終了は一つの大きな区切り

『ダウンタウンのごっつええ感じ』は1997年11月2日に終了しました。[参照]

この終了によって、松本さんが毎週ゴールデンタイムで大量のコントを制作する時代はいったん終わります。

そのため「テレビコント芸人としての松本人志」の全盛期を区切るなら、1991〜1997年という見方は非常に分かりやすいです。

黒坊主で痩せている時期:1998〜2001年ごろ

質問にある「黒坊主で痩せてる時」は、おおむね1998年夏以降から2000年代初頭に当たります。

松本さんは1998年夏、それまで長年続けていたオールバックから突然坊主頭へ変えました。髪型を直す行為が浜田雅功さんのツッコミの後に入るのが格好悪いと感じたことが理由として後に語られています。

この時期はまだ現在のような筋肉質な体ではなく、かなり細身でした。見た目としては「細い黒坊主松本」の印象が非常に強い時期です。

1998〜1999年はコント作家としての別のピーク

坊主になった直後には、『HITOSI MATUMOTO VISUALBUM』が制作されました。吉本興業の公式紹介によると、1998〜1999年にVHS3巻が発売されています。[参照]

『VISUALBUM』はテレビ番組の制約から離れて作られたコント作品で、松本さんのシュールな笑いや不条理な世界観が非常に濃く出ています。

そのため、テレビの人気では『ごっつ』時代、作品としての純度なら『VISUALBUM』時代を最高峰とするファンもいます。

「黒坊主で痩せてる時」を全盛期と考える人もかなり多い

1998〜2001年ごろの松本さんは、見た目は坊主になりましたが、お笑いのスタイル自体は1990年代の尖った感覚を強く残していました。

テレビでは『ガキの使い』を続けながら、単独作品や大喜利など、かなり実験的なことをやっています。

そのため「ごっつ後半〜坊主直後」を一つの連続した全盛期として見る考え方もあります。質問にある「オールバック」と「黒坊主で痩せている」は別時期ですが、お笑い全盛期という観点ではかなり連続しています。

ギトギト・テカテカ坊主時代:2000年代前半〜中盤

「ギトギト」「テカテカ坊主」という表現は公式な時代区分ではありませんが、おそらく2000年代前半〜中盤の黒い坊主頭で、やや肌が日焼けして見えるころを指していると思われます。

この時期にはラジオ『放送室』、テレビでは『松本人志のすべらない話』などが始まりました。

コント中心だった1990年代から、トーク・芸人の話芸・企画を中心にする松本人志へ変化していった時期です。

2004年以降は「話芸を仕組みにする」時代

『人志松本のすべらない話』は2004年にスタートしました。芸人が「すべらない話」を順番に披露する極めてシンプルなフォーマットで、後に大型特番へ成長しました。

この時期の松本さんは、自分自身がボケ続けるだけでなく、他の芸人が面白くなるルールや舞台を作る「企画者」としての力が目立つようになります。

若いころの瞬発力とは違いますが、お笑いシステムを設計する能力では2000年代を全盛期と考えることもできます。

和柄の坊主時代:2000年代中盤〜後半のイメージ

質問にある「和柄の坊主時代」は、派手な和柄・龍柄などの服を着ていた印象が強い2000年代中盤〜後半を指していると思われます。

この時期には『すべらない話』が人気企画として定着し、映画監督として『大日本人』などにも挑戦しています。

純粋なテレビコントの量は1990年代より減っていますが、芸人としてのブランド力、後輩への影響力、番組企画力は依然として非常に大きい時期です。

2007年以降は映画監督としての活動も増える

2007年には映画『大日本人』で長編映画監督としてデビューし、その後『しんぼる』『さや侍』『R100』などを監督しました。

このころは、テレビ芸人としてのお笑いだけでなく「映像作品として笑いを作る」方向へ力を広げています。

ただし映画作品の評価は賛否が大きく、1990年代のテレビコントほど「全盛期」として広く意見が一致する時代ではありません。

鍛え出した黒坊主時代:2010年代前半

質問にある「鍛え出した黒坊主」は、主に2010年代前半です。

このころから松本さんは筋肉質な体型へ大きく変化し、若いころの細身のイメージとはかなり違う外見になりました。

『IPPONグランプリ』などでは、大喜利能力そのものを見せるというより、チェアマンとして芸人たちの回答を評価する役割が増えています。

2010年代前半は「プレイヤー」から「審査・企画側」への移行期

若いころの松本さんは自分自身がコントの中心人物でしたが、2010年代になると後輩芸人を面白く見せる立場が増えます。

『IPPONグランプリ』では大喜利芸人たちを集め、『すべらない話』では話芸を競わせるなど、「松本本人が全部笑いを作る」のではなく、「芸人が笑いを作る環境を設計する」方向へ移っています。

この変化を成熟と見る人もいれば、1990年代ほど尖っていないと感じる人もいます。

金髪時代は2014年末から

松本人志さんが現在広く知られる金髪系の髪型へ変わったのは2014年末です。

2014年11月30日、『ワイドナショー』で銀髪姿をテレビ初披露しました。白髪が増えたことが理由だと本人が説明しています。[参照]

その後、銀色が落ちやすいことなどから金髪に近い色となり、以降の松本人志さんを象徴する外見になりました。

金髪時代:2015年〜2023年は大御所・審査員としてのピーク

金髪時代には、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』『水曜日のダウンタウン』『ワイドナショー』『IPPONグランプリ』『人志松本の酒のツマミになる話』など多数の番組に出演しました。

またM-1グランプリなどの賞レースで審査員を務める機会も多くなり、日本のお笑い界で「評価する側」の象徴的存在になります。

人気や業界内の権威という意味では非常に強い時代ですが、若いころの「新しい笑いを毎週発明するプレイヤー」という全盛期とは性質が違います。

2016年以降は『ドキュメンタル』という新しい代表作も生まれた

金髪期を単純な衰えの時代と見るのも正確ではありません。2016年にはAmazon Prime Videoで『HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル』がスタートしました。

芸人同士を密室に集め、笑わせ合うというフォーマットは、地上波とは違った新しい笑いの実験でした。

そのため2010年代にも、企画者としては新しい代表作を作っています。

2024年の地上波活動休止は「お笑い全盛期」とは別の話

質問にある「金髪時代〜地上波で消えるまで」という区切りは、2014年末から2024年初頭の活動休止までを指すと考えられます。

ただしこの約9年間を一つの全盛期とするのはかなり広すぎます。外見は金髪でほぼ一貫していますが、番組での役割や芸風は作品ごとに異なります。

髪型だけで時代を分けると、同じ金髪期でも『ドキュメンタル』初期と2020年代のテレビ活動ではかなり印象が違います。

質問にある6分類を時代に当てはめるとこうなる

見た目の呼び方 おおよその時期 代表的な活動 全盛期評価
オールバック 1980年代末〜1998年夏 ガキ使、ごっつ、HEY!HEY!HEY!、一人ごっつ 最有力
黒坊主・痩せ型 1998〜2001年ごろ VISUALBUM、ガキ使、一人系企画 最有力〜準全盛期
ギトギト・テカテカ坊主 2000年代前半〜中盤 放送室、すべらない話 トーク全盛期候補
和柄の坊主 2000年代中盤〜後半 すべらない話、映画監督活動 企画者として成熟期
鍛え出した黒坊主 2010〜2014年ごろ IPPON、ワイドナショーなど 大御所移行期
金髪 2014年末〜2024年初頭 ドキュメンタル、水曜日のダウンタウン、賞レース審査 影響力・審査員時代

境界は年単位できっちり切れるものではありませんが、おおまかにはこの整理で捉えやすくなります。

抜けている時期として「大阪時代」もある

質問の6分類より前には、1980年代の大阪時代があります。

ダウンタウンはNSC1期生として活動を始め、『4時ですよーだ』など関西ローカル番組で若者から圧倒的な人気を獲得しました。

リアルタイムで関西のダウンタウンを見ていた世代には、「東京進出前が一番危険で面白かった」と語る人もいます。そのため1987〜1989年ごろを初期全盛期として加えることもできます。

もう一つ抜けているのが「一人ごっつ〜VISUALBUM期」

髪型だけで分類すると、1996〜1999年という極めて重要な時期がオールバックと坊主の間に分断されてしまいます。

しかしお笑い作品として考えると、『一人ごっつ』から『VISUALBUM』へ続く1996〜1999年は一つのまとまりとして見ることができます。

この時期を「松本人志個人の作家性が最も濃かった時代」と考えるファンも多いため、全盛期候補として外せません。

コントだけなら「ごっつ」時代が圧倒的に有力

「松本人志が一番面白かったのはいつ?」ではなく「コント作家として一番だったのは?」と限定するなら、1991〜1999年くらいにかなり絞れます。

前半が『ごっつええ感じ』、後半が『一人ごっつ』『VISUALBUM』です。

テレビのゴールデンタイムで幅広い層を笑わせながら、同時に実験的なコントまで作っていたという意味で、この時代は特殊です。

フリートークなら1990年代後半〜2000年代前半を推す声も強い

『ガキの使い』のフリートークを基準にすると、1990年代後半から2000年代前半を全盛期と考える人もいます。

浜田雅功さんとの二人だけのトークで、客席から出されたテーマを瞬時に広げ、架空の設定や人物を作って笑いへ変えていくスタイルは、松本さんの即興能力が最も分かりやすく出る部分でした。

この視点では、オールバック後半から細い坊主時代までが特に強い時期となります。

大喜利なら『一人ごっつ』周辺がピーク候補

大喜利能力を中心に見るなら1996〜1999年ごろが候補になります。

『一人ごっつ』では、一人で回答を積み重ねながら番組そのものを成立させる構成が特徴でした。

後年の『IPPONグランプリ』では松本さん自身はチェアマン側へ回ったため、「回答者としての松本人志」を見たい人にはこの時代が重要です。

企画力なら2004年以降も全盛期が続いていると見ることができる

『すべらない話』『IPPONグランプリ』『ドキュメンタル』などを見ると、2000年代以降の松本さんは、芸人そのものより「芸人が面白くなるルールを作る人」へ変化しています。

この能力を含めるなら、全盛期を1990年代だけに限定する必要はありません。

プレイヤーとしてのピークと、プロデューサー・企画者としてのピークが別に存在すると考えると、キャリア全体を理解しやすくなります。

人気のピークとお笑い能力のピークは必ずしも同じではない

1990年代半ばは、テレビ視聴率、書籍、CM、音楽番組などを含めてダウンタウンそのものが社会現象級でした。

一方2000年代以降は、若手芸人が増える中で松本さんは「芸人が憧れる芸人」「お笑い界の基準を作る存在」という立場を強めていきます。

つまり人気の全盛期なら1990年代前半〜中盤、お笑い作家としてなら1990年代全般、企画者としてなら2000年代以降まで複数のピークがあります。

リアタイ世代がよく言う「昔の松ちゃん」はどこを指す?

ネットやテレビで「昔の松ちゃんはすごかった」と言われる場合、多くは1990年代のオールバック〜細身坊主初期を指しています。

特に『ごっつええ感じ』のコント、『ガキ使』フリートーク、『一人ごっつ』などをリアルタイムで見ていた人にとって、この時期の松本さんは毎週新しい笑いを作る存在でした。

現在から過去映像を見る場合は、『ごっつ』だけでなく『ガキ使』の昔のフリートークや『一人ごっつ』『VISUALBUM』まで見ると、「全盛期」と呼ばれる理由が分かりやすくなります。

初めて見るなら年代順より作品順がおすすめ

松本人志さんのお笑いを後追いする場合、髪型を追うだけでは作品の違いが分かりにくいため、ジャンル別に見るのがおすすめです。

コントなら『ごっつええ感じ』、大喜利なら『一人ごっつ』、実験コントなら『VISUALBUM』、フリートークなら昔の『ガキ使』、話芸なら『すべらない話』、企画なら『ドキュメンタル』という順番で見ると変化が分かります。

そのうえで自分が最も面白いと感じた作品の年代を「自分にとっての全盛期」と考えるのが一番自然です。

まとめ:最も全盛期と言われやすいのはオールバック後半〜細い黒坊主初期

松本人志さんのお笑い全盛期について一つに絞るなら、1991年〜1998年ごろを挙げるのが最も妥当です。

特に1991〜1997年の『ダウンタウンのごっつええ感じ』時代は、コント、フリートーク、キャラクター創造、テレビでの影響力のすべてが非常に高い水準にありました。番組は1991年12月8日から1997年11月2日まで放送されています。[参照]

その後、1996年からの『一人ごっつ』、1998〜1999年の『HITOSI MATUMOTO VISUALBUM』まで含めれば、「オールバックの松本」から「坊主になった直後の痩せた松本」までが、プレイヤー・コント作家としての最重要期と考えられます。『VISUALBUM』は吉本興業の公式資料でも1998〜1999年にVHS3巻が発売されたことが確認できます。[参照]

質問にある分類で整理すれば、オールバック期が最も有力、黒坊主痩せ型期がそれに続く全盛期、ギトギト・テカテカ坊主期はトークと企画の成熟期、和柄坊主期は大御所化への移行期、鍛えた黒坊主期は審査・企画側への転換期、金髪期は業界内での影響力とプロデューサー的立場が強くなった時代と見ると分かりやすいでしょう。

さらに細かく言えば、コントなら1991〜1997年、フリートークなら1990年代後半〜2000年代初頭、大喜利なら1996〜1999年、企画力なら2004年以降と、それぞれ別のピークがあります。「松本人志が一番面白かった時期」を知りたいなら、まず『ごっつええ感じ』中期〜後期と『一人ごっつ』、そして坊主になった直後の『VISUALBUM』を見比べると、リアルタイム世代が全盛期として語る感覚を最もつかみやすいでしょう。

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